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名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)21号 判決 1954年11月25日

控訴人 被告 戸田千代子

訴訟代理人 矢野茂郎

被控訴人 原告 大井承珠

訴訟代理人 梅田林平

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。この判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人に於いて仮に本件金員の授受が被控訴人と控訴人を代理人とする訴外谷口弥兵衛間の取引でなく、本件当事者間の取引であるとするも、被控訴人が控訴人に支払つた金は所謂人身売買の対価として支払はれたものであるから被控訴人はその返還を請求することはできない。尚中本美代子は中本久美子の誤称であると。と述べ被控訴代理人において右人身売買の事実を否認した外原判決事実摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として被控訴代理人は甲第一、第二号証を提出し、原審における証人塚原ひふみ、同熊沢強子の各証言、当審における被控訴人本人訊問の結果を援用し、乙号各証は郵便官署の作成にかかる部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知と述べ、控訴代理人は乙第一号証第二号証の一、二を提出し原審における証人石原きくゑの証言、当審における証人谷口弥兵衛の証言及び控訴本人訊問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が飲食店を控訴人が特殊飲食店を各経営すること、被控訴人が昭和二十八年六月一日控訴人の紹介によつて訴外西田笑子、中本久美子(原判決には中本美代子と摘示しあり)の両名を雇入れたこと、被控訴人がその際控訴人に対して金三万六千四百十五円の支払をなしたことは当事者間に争のないところである。

而して控訴人の提出援用にかかる全証拠によるも右が被控訴人と訴外谷口弥兵衛間の取引である事実を認めることはできないけれども原審における証人石原きくゑの証言、当審における証人谷口弥兵衛の証言及び控訴本人訊問の結果に成立に争のない甲第一号証を合せ考えると控訴人は訴外石原きくゑから所謂女郎である右訴外西田及び中本を紹介せられたのであるが予て同業者である岐阜県郡上郡白鳥町の訴外谷口弥兵衛から接客婦の紹介を頼まれていたので同訴外人の意向をただした上同人のために右二人の女の所謂前借金合計金三万六千四百十五円の立替支払をなしてこれを抱えておいたところ偶々ひそかに接客婦を雇つて特殊飲食業を営んでいる被控訴人に懇望せられたので一応は女の素性がよくないからやめた方がよかろうと注意したが差支ないとのこと故右谷口の諒解を得て同人との関係を離れ右二人の女を被控訴人方に振向け、被控訴人より同女等の前記前借金の立替支払を受け先に自己の出捐した該金員に補填した事実を認めることができ、又原審における証人熊沢強子の証言によれば被控訴人が右紹介手数料として合計金一万円を控訴人に交付した事実を認めることができ(弁論全趣旨によればこの金員の支払は控訴人に対してなされたものではなくただ控訴人を通して右二人の女を連れて来た紹介者等に対してなされたものであることを窺知することができる)右各認定に抵触する当審における被控訴本人訊問の結果は右控訴本人訊問の結果に徴して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。尚右熊沢証人の証言、被控訴本人訊問の結果によれば右二人の女はヒロポン中毒症のため働くことができないものとして即日控訴人方へ送りかえされた事実を認めることができるけれども、控訴人が被控訴人に対して、右二人の女が被控訴人方で働くことができず又は一ケ月以内に被控訴人方より退転したときは被控訴人の出捐した右前借立替金及び紹介手数料は全部返還することを約した旨の被控訴人の主張に副う右熊沢証人の証言及び被控訴本人の訊問の結果は右控訴本人の訊問の結果に対比して措信し難く他に右事実を認定すべき証拠はない。

果して然らば被控訴人より控訴人に交付せられた右二人の女の前借金合計金三万六千四百円及びその紹介手数料合計金一万円は二女が被控訴人方に於いて売春行為を為し客より収得する其の対価中より弁済を受くる予定の下に支払はれたもので換言すれば二女を被控訴人方で売春行為を為さしめ利益を獲得する為めの出捐で所謂人身売買の対価及びその謝礼として支払はれたことが明らかで被控訴人は不法の原因のため給付を為したる者として其の給付したる右各金員の返還を請求することを得ないので控訴人の抗弁は理由があり、被控訴人の本訴請求はすべて理由のないものとして棄却すべく、右と判断を異にせる原判決は不当なるをもつて取消を免れず民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条によつて主文のように判決する。

(裁判長裁判官 北野孝一 裁判官 伊藤淳吉 裁判官 小沢三朗)

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